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WORSHIP · 2026.09.20

最後まで
耐え忍べ!

「死に至るまで忠実でありなさい」

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OVERVIEW

最後まで歩み続けるために

信仰の歩みには、迷いや誘惑、困難があります。この礼拝メッセージでは、十人の娘のたとえ、聖霊に満たされる生活、そして故郷へ遡上する鮭の一生を重ねながら、世の中の流れに流されず、最後まで信仰のゴールを目指すことが語られています。

MESSAGE KEY · 黙示録2章10節
「死に至るまで忠実でありなさい」

※上の短い引用は、この礼拝メッセージ中で語られた表現です。全文文字起こしは下部に掲載しています。

TRANSCRIPT

礼拝メッセージ全文

音声文字起こしをもとに、フィラーや音声記号、明らかな認識誤りを整理し、説教本文として読みやすい形にしています。
01

1. 導入――AIの進化と次回メッセージの候補

今、本当にAIが相当進化しておりまして、何かニュースによりますと、このAIが今後10年ぐらいで人類を支配するという情報も出てまいりました。それから今、ロボットがロボットを作っているというらしいですね。この数年の間にAIがガーッと伸びてきました。ですから、携帯電話を見ておりましても、もうAIでチャットか何か分からないけれど、いろいろやっておりますよね。AIでどんどん調べることができるわけでありますけども、それで来週はAIの進化と反キリストで話しようかなと思ったんですけど、もう1つは、家庭の危機と回復どっちにしようかなと思っておりますね。

02

2. 日本のクリスチャンの「寿命」

お祈りして一番いいところを取りたいと思っております。日本のクリスチャンの寿命を調べておりました。統計が出ておりました。何年だと思いますか?日本のクリスチャンの寿命。なんと3年弱です。厳密に言えば2年と8ヶ月。1人の人が今日洗礼を受けたら結局3年以内にはもう去ってる状態ですよね。だからクリスチャンの平均寿命が、本当にもう2年8ヶ月、3年弱。日本全国の統計を見ました。1年間に何人洗礼を受けているのか調べてみましたら、ざっと3500人から4000人じゃないかなと言われております。少なくなっております。もうかつてはもっと多かったんですよね。どんどんどんどん減っております。そういう状況において本当に、これから、いろんなことが起こってくるんだろうなっていうことが分かりますね。

03

3. 神様と共に歩むことと、敵対する力

クリスチャンになるっていうことはですね、簡単に言えば神様と共に歩むということになります。そうなると、悪魔がその人を攻撃してきます。もう一度言いますよ。クリスチャンになるっていうことは神と共に歩むっていうことになります。そうすると敵対勢力があるわけですよね。悪魔っていう敵対勢力があります。経済的な攻撃、肉体的な攻撃、人間関係の攻撃。いろんな攻撃を仕掛けて、どうにか「もうクリスチャンなんてやってられないよ」というところまで持っていこうとする。そういうような状況まで持っていって、結局どんどん落ちていくわけですよね。ですから私たちの敵が誰であるか、どこにいるのか、それが分からないと戦えないわけですね。ですから本当に、悪魔は罪の誘惑、それからまた、いろんな罠を仕掛けてきます。ですから、私たちも人間ですから、いろんな間違いや失敗があります。その時、「ああ、しまった」と思った時には、すぐ神様に悔い改めて、神の元に立ち帰る。神の元に帰る。これが今、とても大切かなと思いますね。

04

4. 「誰にも騙されないように」――背教と反キリスト

第二テサロニケの2章3節に書いてありますね。終わりの時代には偽教師が現れるようになりますから、誰にも騙されないようにしなさい、と書いてますね。偽教師、偽預言者。終わりの時代になるとこういう人がたくさん現れてきますよ。たくさん現れてきています。たくさんの人が騙されてます。日本人もたくさん騙されていますよ。視聴者数が多かったら、この人は大丈夫、ということではないんです。たくさん騙されてます。ですから終わりの時代になるとそういう人たちが出 てくる。そして不思議なしるしや、不思議なことも するようになる。当然ですよ。悪魔もその力を持っています。だから奇跡が起こったから みんな神様だ、ということではないんですね。悪魔もやることができるんですね。そしてびっくりさせてこっちに来いってなるわけですよね。だから例えばユタなんかでもそうですよね。何かを当てたりして驚かせて、最終的には「御願(ウガン)や仏壇を拝みなさい」と、偶像の方に持っていくんですよ。神様は神の栄光を求める。でも悪魔は必ず偶像に持ってきます。これが違います。だから、そこで見分けていく必要があるわけですね。誰にも、どのようにも騙されないようにしなさいっていうことを聖書は言っています。

なぜなら、まず背教が起こります。背教。背教とは何でしょうか?背教っていうのは教会が堕落していく、クリスチャンたちが堕落していく時代になりますよ、ということです。背教が起こる。背教が起こった後に不法の人、これが反キリストですね。すなわち滅びの子が現れなければ 主の日は来ないからです。イエス様が来るわけでありますけども、こういった順序があるんですよね。背教が起こる。教会が堕落していく。堕落した後に、その不法の人、反キリスト、滅びの子が現れるですよね。これが現れた後に主の日が来るわけでありますね。

05

5. 名前だけの信仰ではなく、健全な教えへ

ですからクリスチャンはたくさん堕落してきます。名前だけのクリスチャンもたくさんいますよね。政治をやっている人にもたくさんいますよ。もう、恥ずかしいですね。僕は クリスチャンと名乗って欲しくないです。だから、そういう人たちが増えております。だからつまづく人もいるんですよね。「あれでもクリスチャンなの?」ってなる。がっくりしますよね。そういうことになります。でも私は違いますって言いたくなる。そうなんです。私たちはしっかりしないといけない。なんか名前だけのクリスチャンになっちゃいけないわけですね。特にアメリカ行ったらたくさんいますよ。もう5代目のクリスチャンですとか、もう生まれた時に洗礼を受けたんで、私は クリスチャンです、という人がたくさんいらっしゃいます。でももう全然イエス様のことが分からない。聖書を読んだことがない。教会に行ったこともほとんどないような人たち。でもアイムクリスチャンていうわけですよね。危険です。

06

6. 健全な教えと真理から離れない

だから堕落していくわけですよね。第二テモテ4章3節に書いてますね。というのは人々が健全な教えに耳を貸そうとせず自分に都合の良いことを言ってもらうために気ままな願いを持って次々に教師たちを自分たちのために集め、真理から耳を背け、空想話にそれるような時代になるからですって書いてますね。ですから、終わりの時代になると、もう人々が健全な教えに耳を傾けなくなるって言うんですよ。健全な教え。健全な教えっていうのは子供たちに嘘ついちゃいけないんだよ。物を盗んじゃいけないって教える。だけど大人がそれやってますよね。健全じゃない。そんなことをしたら崩れる。当然ですよ。だけど、そういう人たちがどんどん増えてくる。健全な教えに耳を傾けない人がたくさん出てくる。だから闇バイトも出てくるわけですよね。いろんな人たちが出てくる。健全じゃないですよ。曲がったことに心を向けてしまったわけですね。そういう人たちは耳を貸そうとしない。だから教会の中において道徳的な話をする。話をする。だけどそんなものはもういいんだっていう人がたくさんいる。そんな話よりも教会ではもっと金儲けの話をしてくれてる。どうやったら金持ちになるのか。そういう話をしてくれてんですよね。それはその人が聞きたいから。そういう教会もあります。人はたくさん集まっていますよ。だけど、そこで語られるのは一部の聖書の教えだけですよね。健全じゃないんですよ。イエス・キリストがおられること、罪があることはあまり言わない。そういう人間的なコミュニケーション能力とか、そしてどうやったらこうなるとかもそういうことばっかりですよね。だから可能思考っていう話もありますけども、昔、結構流行りましたけども、可能思考、人間は信じることで、そういう願いが叶っていくんだ。

何でも叶っていくんだっていう話であります。そうじゃないですよね。私もやったけどダメでした。はい。頑張りましたけどダメでしたね。ならなかった。だからあれは、難しかったな。難しかった。コロっと騙されるんですよね。本の中にね、所々に聖書のことばをバシッと入れるんですよ。そうするとクリスチャンをね、コロッと騙されるんですよ。そうなんだ。そうなんだ。「そう、聖書に書いてあったな」。これ聖書的だなってなるわけですよね。ところがね、違うんですよね。これは巧妙に騙していくわけでありますけども、ですから本当にこういう風にしてもう真理から目をそらすような時代になるっていうことです。真理というのは昔も今も正しいことですよね。年寄りを敬わなきゃならない。親を大切にしなければならない。これは昔も今も未来も一生変わらないと思う。だけども 今の時代はそうじゃなくなってますよね。年寄りを大切にしない。親を大切にしない時代ですよ。もっと言えば親が子供を大切 にしない。だから子供も親を大切にしない。真理からそれるということですよ。真理というのは、いいですか?

昔も今も未来も変わらないことなんですよ。親を敬うことは昔も今も未来も変わらないこと。それを変えていくということは真理じゃないんですよね。真理とは変わらないこと。嘘ついちゃならない。裏切っちゃならないんだよ。人のものを盗んではならないんだよ。これは昔も今も未来も変わらない。だけども嘘も平気になってしまってそういう いろんな人が出てくるわけでありますね。真理から耳を背ける人たちがたくさん出てきております。教会には罪に対して非常に寛容な教会と厳しい教会があります。二種類ありますね。私たちの教会は罪に対して非常に厳しいですね。

07

7. 第一コリント6章――罪と神の国

第一コリント6章9節、10節見てみましょうか。第一コリントですね。6章9節、10節読んでみたいと思います。あなた方は正しくないものは神の国を相続できないことを知らないのですか?騙されてはいけません。不品行な者。不品行な者っていうのはこれどういうことか?男と女が結婚もしてないのに性交渉することですよ。これ不品行って言いますね。これ誰に言ってるんですか?クリスチャンに対し て言ってることですよ。偶像礼拝をするもの。偶像とは、神よりも何かを愛すること。世の中で何を一番愛するかといったらお金を愛する人がたくさん いますよね。これ偶像なんですよ。偶像 です。神よりも何かを一番にすることを偶像なんですね。そして姦淫をする者。それから男娼となる者。これは、ニューハーフと言いますか、オカマと言いますか、男性が女性の格好になるようなことですね。それから男色をする者。これは同性愛者です。それから盗むもの、貪欲な者、酒に酔うもの、そしる者、略奪するものは皆神の国を相続することができませんって書いてますね。これはクリスチャンに対して言っております。なぜ書いてるんですか?そういう人が たくさんいるからですよ。そうならないようにと言ってるわけですよね。神の国に入ることができない。相続することができ ない。大変厳しいところですよね。

08

8. 十人の娘――ともしびと油

マタイの25章の1節にこういうところがあります。花婿を迎える十人の娘たちのことが書かれています。五人は賢い娘、五人は愚かな娘っていうことでこの比較が出ておりますけども、十人の娘たちも、これもクリスチャンですよ。主が迎えに来られるのを待ち続けていたわけですね。私たちもそうですよ。いつか来られる。私も、自分が死ぬのが早いのか、携挙が来るのが早いのか、どちらかだと思っています。二つに一つですよね。ですから携挙があるということも頭の中に入っております。この10人の娘たちも主が迎えに来るんだということで待ってたわけですね。ちょっと開けてみましょうか。マタイによる福音書の25章ですね。ちょっと前の方になりますけども、25章1節から入ってきますけども、2節、3節読みたいと思います。そのうち五人は愚かで、五人は賢かった。愚かな娘たちはともしびを持っていたが油を用意しておかなかった。賢い娘たちは自分のともしびと一緒に入れ物に油を入れて持っていたとありますね。ここが違いますね。愚かな娘たちはともしびは持っていたが油を用意しておかなかった。ともしびっていうのはイエスキリストを 信じている信仰であります。信仰を持っている。この五人、五人、どちらもともしびは持っている。だけど愚かな娘たちは油を用意しておかなかった。油というのは聖霊のことなんですよ。ともしびと一緒に入れ物に油を入れて持っていたちゅうことですよね。油を持っていた。4節に書いてますように油を入れて持って いた。これ聖霊に満たされていたという ことなんですけども5節から10節読んでみたいと思います。花婿が来るのが遅れたので皆うとうと眠り始めたところが夜中になって、「さあ、花婿だ。迎えに出よう」と叫ぶ声がした。娘たちはみな起きて自分のともしびを整えた。

そこで愚かな娘たちは賢い娘たちに言った。油を少し私たちに分けてください。私たちのともしびは消えそうです。しかし賢い娘たちは答えて言った。いいえ。なた方に分けてあげるには到底足りません。それよりもお店に行って自分のものをお買いなさい。そこで買いに行くと、その間に花婿が来た。用意のできていた娘たちは彼と一緒に婚宴に行き、戸が閉められたと書いてますね。戸が閉められた。これどういうことかと 言いますと、イエス・キリストの再臨のことですよ。携挙のことですね。携挙は一瞬なんですよね。ラッパの合図が鳴った瞬間に、一瞬のうちに携挙が起こります。その時になって慌てて悔い改めようとしても遅いんです。「悔い改めます」と言う前に、もう終わっているわけですよね。だから分けてあげることはできない。聖霊は自分自身が満たされるものですよね。私が受けた聖霊を分け与えることはできない。この人が満たされないといけないわけですね。満たされるためまた時間かかる。そうやってるうちに閉められるわけですよね。終わっちゃうわけですよ。10節に書いてあるように、彼と一緒に婚宴に行き、戸が閉められたって書いて ますね。11節にその後で他の娘たちも来て、「ご主人様、ご主人様開けてください」と言った。しかし彼は答えて「まことに、私はあなた方を知りません」と言った。私はあなた方を知りませんと言った。娘たちは知ってるんですよ。ご主人様、ご主人様。でも、このご主人は言った。「私はあなた方を知りません」。五人ともともしびを持ってました。イエス・キリストを信じる信仰を持ってたんですよ。何が足りなかった?油が足りなかった。

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9. マタイ7章――「私はあなた方を知りません」

似た箇所がありますね。マタイの7章に書いてありますけども、7章の有名なところですけど、7章の20節から読みますか、マタイの福音書7章20節にこう書いてますね。こういうわけで、ああなた方は実によって彼らを見分けることができるのです。私に向かって主よ、主よという者がみな天の御国に入るのでは なく、天におられる私の父の御心を行うものが入るのです。その日には大勢の者が私に言うでしょう。主よ私たちはあなたの名によって預言をし、あなたの名によって悪霊を追い出しあなたの名によって奇跡を たくさん行ったでありませんか。23節。しかしその時私は彼らのこう宣告します。「私はあなた方を全然知らない。不法を行う者、私から離れて行け」と言ったんですね。私はあなた方を全然知らないって言ってるんですよね。でもたくさんのクリスチャンたちが「主よ、私はこあれやったでしょ?あれやったでしょ?覚えてないんですか?」。でもイエス様はおっしゃる。「私はあなた方を全然知らない。不法を行う者、私から離れて行け」。どういうことなんでしょうか?知らないということはどういうことでしょうか?

神様が知らないということはズバリ命の書に名前が書かれていないという人ですよ。命の書に名前が書かれてなければ天国に入ることできない。なぜ天国行った時に、そこの担当の受付の方がいるでしょうかね。それで、あなたの名前や住所を聞いてね。「ありました、ありました。あなた、ありました」となるわけですよね。でも名前がない人は、「ここにはないから入れません」となるんです。どこでもそうですよね。許可がないと入れないわけですね。私が韓国に行くにしても、アメリカに行くにしてもパスポートで許可がないと入れない わけですよ。天国もそうなんですね。天国のパスポートがなければ入ることできないわけですね。知らない。怖いですよね。何とおっしゃったか。不法を行う者。不法とはどういうことでしょうか?神様を信じていても神様に従うことをしないで自分の欲望のままに生きているクリスチャンのことです。神様を本当に信じた人たちは、神様に従おうとする。人を愛するんだ。大切にするんだ。自分の両親を大切にするんだ。自分の親族を大切にするんだ。大切にしていきますよ。だけども、それも全部やらないで自分勝手に「自分の人生だ」と言って欲望のままに生きたら これとんでもないことになるわけですよね。神様からすれば不法です。聖書に沿っていないわけですよね。不法です。「不法を行う者、私から離れて行け」。

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10. 聖霊に満たされる生活

ですからクリスチャンっていうのは二つに分けられますよ。ここに二つに分けられたクリスチャンが出てますね。五人の賢い娘と五人の愚かな娘が出てまいります。賢い五人の娘は油を用意していた。だけど愚かな五人の娘たちは油を用意していなかった。油というのは聖霊のことなんですよね。だから大切なのは聖霊なんですよ。私たちが聖霊に満たされる生活を優先して いく時に私たちは罪に打ち勝つ力が与えられる わけですよね。私たちの力って無理ですよ。罪に打ち勝つ、自分の欲望に打ち勝つ力は、自分にはないですよ。100%ない。でも聖霊が働く時に力を与えてくださって立ち向かって打ち勝つ力が与えられてくる。だから聖霊に満たされるような生活をつくっていく。礼拝に行く。聖書を読む、祈る、福音を伝える。あるいは 本当に困った人がいたら助けてあげる。そういうことをすることによって聖霊に満たされるわけですよね。油を用意しない人とは、どういうことなんでしょうか?聖霊に満たされる生活を優先しない、名前だけのクリスチャンです。聖霊の働きなしに私たちは罪と戦うことができないですから欲望のままに生きるそういうクリスチャンたちです。そういう人たちは天国に入れない。ですから思い違いをしないで、愚かにならないで神の御心が何であるかをよく悟りなさいと聖書は言っていますね。た、酒に酔ってはいけません。そこには放蕩 があるからです。放蕩っていうのは何でしょうか?放蕩っていうのは自分の欲望のままに生きるとこなんですよ。聖書は御霊に満たされなさいとエペソ5章18節言っております。御霊に満たされなさい。御霊に満たされないと私たちはクリスチャン生活はやっていけないですよ。

なんでみんな去っていくんですか?三年以内に、自分で戦おうとしても無理。「今日から正しく生きていくぞ」。自分の力で無理ですよ。ギブアップする。なんで分かる?やりました。やりました。一週間頑張りました。一週間後、ダメでしたね。爆発しましたね。ダメなんですよ、本当に。御霊の力がないと無理ですね。この時代、これからの時代って本当にもっともっと時代は困難になっていきますよ。ネットとかSNSでも発信される偽の情報がたくさん出ておりまして、騙される人が圧倒的に多いわけでありますね。私たちは神からのものであり、全世界は 悪い者の支配下にあることをよく知っています。第一ヨハネの5章19節に書いていますね。全世界は悪い者の支配下にある ことを私たちは知っています。これが 分かる人と分からない人で違うんですよ。これが時代がどうなっていくのか聖書を 信じている人たちはもう分かる。次の展開が。ここはあまり言いたくないけどもね、上の人たち、結構悪いことしてますよね。もう昔の昭和の時代の政治家だったらもうアウトですよ。国会で吊し上げられて首ですよ。勝手にお金もらって罪に問われない。昭和の時代アウトです。でものうのうとやっている。大臣もやっている。大変な時代になりました。

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11. 「死に至るまで忠実でありなさい」

死に至るまで忠実でありなさい。そうすれば私はあなたに命の冠を与えよう。黙示録2章10節に書いてますね。死に至るまで忠実でありなさい。そうすれば私はあなたに命の冠を与えよう。最後まで、私たちの生涯を通して神様に忠実であるその人に命の冠が与えられるわけでありますね。そういうわけですから、いつも従順だったように、私がいる時だけでなく、私のいない今はなおさら、恐れおののいて自分の救いを達成してください、と書いてありますね。

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12. 自分の救いを達成する――信仰はレース

自分の救いを達成してください。人のことを助けても自分の救いを達成しなかった意味がないんですよね。周りだけ天国に行って、自分だけ取り残されたら大変です。二つあります。自分の救いのために頑張る。そしてもう一つは隣人のためにとりなして手伝ってあげることですね。自分の救いを達成することは、とても大切なことだと思います。信仰っていうのはレースですよ。レースを途中でやめたら冠はないですよね。ないですよ。リタイアになるわけです。多くの人たちが勘違いしてる。リタイアしても大丈夫。「天国に行きますよ」と教える人たちがたくさんいる。私はっきり言ます。ノーですよ。それはありえない。ある人たちはそう言います。一度洗礼を受けて、救われて、洗礼 受けて救われたらもう大丈夫。「私、まだ盗みをやめられませんけど」。、大丈夫、大丈夫。んた天国行ける?本当ですか?いや、本当なんですよ。「詐欺をやっていますけど、天国に行くんですか?」心配しないでいいよ。君は洗礼を受けたから「大丈夫。救われているから天国に行けるよ」「本当ですか?」そういう教えはいっぱいありますよ。これみんな嘘ですよ。皆さん、信じないでね。そんな人は天国に行けないですよ。天国では、詐欺や盗みを続ける者は立ち入り禁止なんです。立ち入り禁止。入れないんですよ。だから悔い改めて罪から離れないといけないわけですよね。悔い改めっていうのはもう決別するということなんですよ。「今までこういうことをしてきました。人の悪口も言ってきました。でも、これから私は悪口をやめます」。決別します。やめるんですよ。私はもういつもテレビを見て、いろんな人の噂や芸能人の噂ばかりしていましたけどそれももうやめます。決断したらやめないといけないわけですよね。関係ないです、皆さんの生活には。ですから、「恐れおののいて」ということは、神様を敬いながら自分の救いを達成していきましょう、ということであります。

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13. 鮭の一生――上流へ帰る旅

サーモンの話をしたいと思いますね。サーモン、皆さん大好きですか?鮭ですね。鮭はね、北海道に行ったらね、食べられるんですけど、北海道の結構きれいな川、そこに鮭が遡上して、登ってくるわけですよね。鮭の一生を動画で見ましたけどびっくりしました。良かったなと思いました。ちょっとお話ししたいと思います。鮭はね、まず、きれいな上流で卵を産みます。そして大体、10月、11月でしょうか、鮭は遡上してきますから、冬の間に卵から稚魚になっていくんでしょうね。でも春になって温かくなったら体がだんだん大きくなってきて、そしていよいよという時になったらあの上流から下流の河口の方に行くわけです。海に向かって行くわけですよね。その卵がどうなるかというと、100個産んだとしたら、そこで残るのは大体15%から20%らしいですね。あとは鳥に食べられたり、エビとかカニとか他の大きな魚に食べられてしまう。だから残ったのは15%、20%。この小さな稚魚が、上流から流れに乗って下流へ行くわけですよね。河口へ行って、太平洋へ出ていくそうです。そしてそこから、アラスカ、ベーリング海峡と言いますけど、そこまで 行ってなんと往復で3000kmも移動するんですけども、そこで3年も4年もですね、その大海原で彼らは大きくなっ ていくわけですね。プランクトンを食べたり、いろいろ食べたりして、そして80cmから1mぐらいまでなるそうですね。

で、いよいよ蓄えて蓄えて大きくなって いよいよとなった時に彼らは自分の生まれた場所を、本能で知っているん ですよね。そこからね何かアンテナがあるのか、センサーがあるのかわかんないけども自分の生まれた場所に向かって彼らは向かっていくわけですよね。その途中、もちろん漁師の網に引っかかって捕られるものもいるし、そして、魚釣りで捕られるものもいる。そうやって次々に捕られていくわけですよね。そしてだんだん岸に近づいてくると、なんとオットセイとか、トドとか、そういう動物も待っているそうです。もうそろそろ来るぞ。鮭が来るぞって分かってるらしくて、一斉に出ていって、鮭を食べに行くそうですね。それで生き残ったものがこの河口から入っていくわけでありますけども、やっと生き残った鮭が遡上していくわけでありますね。最初緩やかな河口から入って きますけど、だんだん川幅が狭くなってきて、水が激しく激流になるわけですよね。小さな滝みたいなものがあって、そこを登らないといけないわけですよね。登らないといけない。だけどもたくさんの鮭がそこで脱落していく。そこを登って安心したかなと思ったら、今度はヒグマが待っているそうですね。やっぱり冬眠前だから、ヒグマは鮭を食べて冬を越す準備をする。本能ってすごいなと思いますよね。そして鮭が来た時には、ヒグマがどんどん食べて、冬眠を迎える。そういう風な仕組みがある。

ですから鮭としてはそのヒグマの群れも通り抜けてやっと安住の地、自分が生まれたその上流のきれいなところに行ってそこで卵を生むわけですよね。で、その時、到達した鮭の映像を見たんですが、もうボロボロですよね。もうね、鱗が剥げてたり、もうヒレが切れてたりとか、もう、もう本当にひどい状況になってましたね。もう熊にやられたのか、体に傷を負いながらも生きていました。でも最後に彼らがやることは何か?最後に卵を産んで、そして彼ら産卵を終えた後に死んでいくんですよね。すごいなと思いましたね。鮭の一生を見た時に。これはもしかして、私たちの人生にも似ているところがあるかもわかんない。

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14. 鮭の一生と信仰の歩み

私たちも生まれた時に親の元で育てられて、家で安心して育てられて、やがて大海原に出て世の中に出ていきますよね。出ていったらそこでたくさんの敵もいますよ。そしていつか私たちは故郷に帰るわけですよね。天国に帰ろうとする。その時に何が待ってるか。たくさんの罠。漁師が仕掛けた罠。それからいろんな敵がもう待ち構えてるわけですよね。これがサタンですよ。悪魔ですよ。なんとか 行かせないようにする。止めようとするわけですね。でもそこをかいくぐって、かいくぐって行くわけであります。でもその川へ入っていく時は上流から流れてきただけだから何も問題なかった。でも上流に向かって動く、遡上するものですからものすごい力が必要なんですよね。体力が必要。最終的にそこまで登っていって登り詰めるのは本当に海へ出て、たくさん栄養を蓄えて体力ついていた鮭しか残れないわけですよね。痩せ細った鮭っていうのはもう河口の方で死んでるわけであります。登れないんですよ。力がない。だから似てると思いますよ。聖霊の力と私たち、似てると思う。鮭は5000個の卵から、一匹だけがその上流に到達するそうですね。大変な確率ですよね。狭いものですよ。狭いもの。ほとんどが脱落していく。死んでいくわけですね。本当にこの関門がある。私たちの人生もいろんな試練がありますよ。困難がありますよね。経済的な困難もある。病気をする時もある。人間関係で難しい時もありますよね。いろんな困難を抜けてきて、皆さんここまで来てると思うんですね。これからもあるでしょう。ありますよ。でも私たちもクリスチャンはそこを通っていく。そしてゴールを目指すわけですよね。その鮭みたいに。

そこまで登り切った鮭は、そこまで登り切って一生を終えることができるわけです ね。ゴールすることができる。障害を全うすることができるわけであります。でも流れに負けて流される者もいる。もう疲れて流される。ある意味で世の中の流れに流されていくわけですよ。やがてプランクトンか何かの餌か何かになるん でしょう。でも私たち生きているクリスチャンっていうのは向かっていくんですよ。世の中の流れが逆だったとしても、世の中が本当におかしな方向を向いたとしてもそれでもゴールに向かっていかないといけないわけですよね。

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15. 世の中の流れに逆らってゴールを目指す

アーメン。「世の中がおかしいから、じゃあ私もおかしくなりましょう」ということじゃない。これはやめた方がいい。そうじゃない。クリスチャンっていうのはここが大事なんですよ。誰がどこで堕落しても私たちは堕落しないぞって。アーメン。ゴールを目指していくんですよ。アーメン。だから最後まで到達する鮭には体力と意志ですね。「絶対に行くんだ」という意志だそうです。これは学者が言っていることですよ。私が言っているんじゃないですよ。こうやって笑えるのもうちの教会だから。東京の教会ではシーンですよ。別の教会へ連れていったら、「ちょっと外に出てください。退場してください」と言われるかもしれない。ここだから許されてるっていうかね。そうだと思います。だからクリスチャンは集まらないといけないわけですよね。

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16. 一人ではなく、仲間と励まし合う

一匹ではやっていけない。仲間が必要なんですよ。戦いが多いからみんな励ましていかないといけない。そしていろんな悪いことがあったとしても私たち絶対屈してはならないわけですよね。アーメン。「この一億円をあげるから、クリスチャンをやめて、これを拝んだらどうか」と言われても、だめですよ。コロッといきそうだから心配なんですよね。最初は断るんですよ。でも現金を持ち込まれたら、コロッといくわけですよね。人間の弱点なんですよ。現物を見せられたら弱い。見せられなければ強い。きっぱり断れる。でも人ってそういうのありますよね。でも現物を持ってこられたら、やっぱり目がくらむんですよ。分かるでしょ? そういうことはあると思うんですよね。だから、それが人間の弱さなんですよね。だからそういうこともあるから私たちは騙されないようにしましょうということですよ。アーメン。

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17. 結び――最後まで走り抜ける

死に至るまで忠実でありなさい。そうすれば私はあなたに命の冠を与えるとおっしゃいました。本当に私たちの道っていうのは本当に楽な道じゃないですよ。逆流しています。私たちは逆流に向かって歩いているから疲れますよ。「もうやめよう」と、たくさんのクリスチャンがやめました。でもやめちゃだめです。私たちはそこへ向かっていかないといけない。目的地、終着駅を私たちは決めている。最後まで私たちは走り抜けていきたいと思います。お祈りいたします。

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