香港チーム証し
困難の中で、聖霊に聞くこと。
そして、状況が変わる前から神様をほめたたえること。
学校で子どもたちと向き合う教師と、会社のIT部門で仕事の不安やプレッシャーに向き合う働き人。置かれている場所は違っても、二人の証しには「自分だけで何とかしようとしない」という共通した歩みがありました。
動画タイトル:香港チーム証し/2026 08 02
まず、本人たちの声で。
このページは、動画タイトルに「2026 08 02」と記された香港チームの証しを、動画の流れと意味を変えない範囲で読みやすく整理したものです。証しには日本語通訳が入っています。表情や声、言葉の間も含めた証しそのものは、ぜひ動画でご覧ください。
エスターさん ― 教師として導かれた道。
子どもの頃、学校の先生から「将来なりたい職業について書きなさい」と言われたエスターさん。特に深く考えたわけではなく、課題を早く終わらせたくて「将来、学校の先生になりたいです」と書いたそうです。
それから年月が流れ、今、エスターさんは香港で教師をしています。働いているのは、特別な支援を必要とする子どもたちが通う学校です。
学業を教えるだけではありません。一人ひとりが何に興味を持つのか。どんな方法なら学びやすいのか。何を不快に感じ、何を必要としているのか。子どもたちを見ながら、その成長を支えています。
振り返ってエスターさんは、自分が教師になった道を、神様が開いてくださったものとして受け止めています。
「私にはできない」と思った時。まず、この子の苦しさを見る。
もちろん、いつもうまくいくわけではありません。落ち着いて座ることが難しかったり、自分の気持ちをことばで伝えることが難しかったりする子どもたちとも向き合います。
「もう、私の力ではどうしたらいいか分からない。」そんな時、エスターさんは一人で答えを出そうとするのではなく、「聖霊様、どうしたらいいですか?」と聞くようにしていると語ります。
ある時、小学校高学年くらいの一人の子どもを担当しました。その子は長く席に座っていることが難しく、物を叩いたり、壊したりすることもあったそうです。また、皮膚に強いアレルギー症状があり、香港の湿度が高い時期には、かゆさや不快感が強くなっていました。
ある日、学校の階段でその子に会ったエスターさんは、「もしかしたら、先生があなたにプレッシャーをかけていたかな。ストレスを与えていたなら、先生が謝るね」と伝えました。エスターさんは、その言葉も聖霊様が自分に働きかけてくださったものだと受け止めています。
別の日、その子の皮膚の症状がひどくなり、かゆさや暑さ、湿気のつらさから泣いていました。そこでエスターさんは氷を用意して患部を冷やし、教室を少し涼しくしました。
まず、その子の苦しさを少しでも和らげようとしたのです。
するとその子が、今まで見たことがないような、とても良い笑顔を見せてくれた。その後、以前は物を投げたり壊したりすることがあったその子に、少しずつ変化が見られるようになったといいます。
エスターさんの話を聞くようになり、自分が考えていることを伝えてくれるようになり、時には自分からエスターさんのところへ来て、手をつないで一緒に歩くようになりました。
聞くだけではなく、従う。
この経験を通してエスターさんが学んでいるのは、「どんな時でも聖霊様に聞くこと」、そして「教えられたことに従うこと」だと語ります。
自分の力だけでは難しいことがあります。特別な支援を必要とする子どもたち一人ひとりに、同じ答えが通用するわけでもありません。
だからこそ、その子をよく見て、必要な知恵を求める。エスターさんは、教師として歩む中で与えられる知恵と力を、神様からの恵みとして感謝しています。そして子どもたちにも、キリスト・イエスにある自由を知ってほしいと願っています。
最後に分かち合ったのは、箴言6章22節でした。歩く時にも、眠る時にも、目覚める時にも、神様のことばとともに歩んでいく。その御言葉を、エスターさん自身の歩みと重ねています。
もう一つの証し ― 仕事の中にある不安。
続いて証しした香港チームのメンバーは、会社のIT部門で働いています。現在の会社に入ってから約4年。仕事の中では、さまざまな困難や新しい課題に直面してきたといいます。
大きな問題だけではありません。小さな問題でも、「どうやって解決したらいいんだろう」と考え続けてしまう。考えれば考えるほど不安になり、恐れやプレッシャーが出てくる。そして気がつくと、心から平安がなくなっていました。
神様の「ご性質」をほめたたえる。
そんな中で始めたのが、神様を賛美することでした。毎日、神様がどのようなお方なのかを、ことばにしてほめたたえる。
神様は誠実なお方。神様は全能のお方。必要を備えてくださるお方。知恵を与えてくださるお方。
最初は「ただことばを読み上げているだけではないか」と感じたそうです。毎日続けても、目の前で何か大きな出来事が起こるわけではありませんでした。
ところが、しばらくして気がつきます。「あれ? 以前なら感じていたはずの強い不安がない。」
問題は、まだ解決していない。それでも平安がある。
仕事の問題そのものは、まだ解決していません。環境が急に変わったわけでも、問題が消えたわけでもない。それでも、自分の内側が以前とは違っていました。
恐れて動けなくなるのではなく、「この問題に向き合っていこう」と思えるようになっていた。そして仕事で難しい問題に出会うたびに、必要な知恵が与えられたと証ししています。
突然、すべての答えが一度に分かるわけではありません。一歩進むと、次に何をすればいいかが見えてくる。また一歩進む。そのように、一つひとつ解決へ導かれていく。それもまた、神様の恵みだと受け止めています。
神様をほめたたえるのは、状況が良くなった時だけではありません。うまくいっている時も、うまくいっていない時も。問題が解決した後だけではなく、まだ問題の中にいる時にも。
最後に分かち合われた御言葉は、ピリピ人への手紙4章6〜7節でした。「何も思い煩わないで。」この御言葉は「問題は必ずすぐ消える」と言っているのではありません。祈りと願いを神様に知っていただくこと。そして、すべての理解を超えた神の平安が、キリスト・イエスにあって心と思いを守ること。二人目の証しは、その御言葉を自分の仕事の中で経験したというものでした。
二人の証しに流れていたもの。
学校で子どもたちと向き合うエスターさん。会社のIT部門で問題と向き合う、もう一人の香港チームのメンバー。
二人の置かれている場所はまったく違います。それでも、証しには共通するものがあります。
困った時。分からない時。怖くなった時。自分の力だけで全部を握ろうとするのではなく、神様に聞く。神様をほめたたえる。そして、与えられた知恵で目の前の一歩を歩く。
問題がなくなることだけが、平安なのではない。問題の中にいても、神様とともに歩くことができる。
香港チームの二つの証しは、そのことをそれぞれの日常から語っています。
証しは、一人の人が自分の人生と信仰をどのように受け止めたかを語るものです。健康状態や行動の変化について、特定の治療効果や超自然的な因果関係をサイトとして保証するものではなく、医療その他の専門的な支援に代わるものでもありません。
