ヨガの教師から
クリスチャンへ!
「このまま続けても、私は何を得るんだろう。」
15〜16歳の頃からヨガに深く入り、のちに教師となったアイリ姉妹。教会での経験、聖書を読む中で生まれた問い、そしてヨガを離れる決断までを振り返ります。
動画タイトル:ヨガの教師からクリスチャンへ! /アイリ姉妹
アイリ姉妹の証し――ヨガ教師からクリスチャンへ
15〜16歳でヨガに出会い、19歳で教師の道へ。教会での経験と聖書を読む中で問いが深まり、2021年にヨガを離れるまでを、アイリ姉妹自身が語ります。
15〜16歳、ヨガに深く入っていった。
アイリ姉妹は、三姉妹の家庭で、特定の宗教を持たずに育ったと振り返ります。それでも子どもの頃から、「目に見える世界だけではなく、何かがあるのではないか」と感じていたそうです。
15〜16歳頃にヨガと出会うと、持ち前の「はまったら深く入る」性格もあり、毎日のように練習するようになりました。自分で2〜3時間練習することもあったといいます。
アイリ姉妹が当時学んだヨガは、単なる運動ではなく、真理に近づくための実践として教えられていました。ポーズや名称に神々との結びつきを見いだす考え方にも触れ、その世界観の中へ深く入っていったと語ります。
教師になり、これが自分の道だと思っていた。
高校を卒業する頃には、「ヨガを教える人になろう」と考えるようになり、18〜19歳頃から教師として歩み始めました。
「このままずっと、この道を続けていく。」その頃のアイリ姉妹にとって、ヨガは一時的な趣味ではなく、生活と将来の中心にあるものでした。
20歳頃に現在の夫と出会います。夫はカトリックの背景を持っていましたが、その時は教会生活を熱心に続けていたわけではなかったといいます。二人は一緒にヨガをすることもありました。
教会で、理由も分からないまま涙が出た。
2018年、二人でカトリック教会へ行った時のこと。アイリ姉妹は、そこで「神様に抱きしめられたような感じ」がして、急に一人で泣いたと語ります。
ヨガを続けてきた中でも経験したことのない感覚で、「これは何だろう」と戸惑いました。
ただ、その時すぐに生活が変わったわけではありません。教会へ通いながら、帰ればまたヨガをする。しばらくは、その二つが同時に続いていました。
説明しきれない苦しさと、聖書への関心。
やがてアイリ姉妹の中に、これまで受け入れてきた考え方への疑問が生まれていきました。
たとえば、カルマや輪廻を用いて「今起きている苦しみ」を説明する考え方。子どもに起きるつらい出来事まで、それだけで説明してよいのか。自分には理解できないことが増えていったと語ります。
その頃から、聖書も自分で少しずつ読むようになりました。教会へ行くたびに涙が出ることも重なり、信仰への関心が少しずつ強くなっていきます。
「このまま続けても、私は何を得るんだろう。」
長い時間、瞑想しても、何かが足りない。
コロナ禍では夫と長く離れて過ごす時期もあり、「どうしてこんな人生になったんだろう」と感じることもあったといいます。
2021年頃、アイリ姉妹は「このままの人生を続けたくない」と強く思うようになりました。ヨガや瞑想を続けても満たされない感覚が残り、聖書が父なる神への道としてイエス様をはっきり語ることに、心を向けられていきました。
そして2021年、ヨガをやめ、教師として教えることもやめる決断をします。後から振り返れば、その時にも神様が自分に語りかけてくださっていたのだと思う、と証ししています。
その後、二人は結婚し、夫もヨガをやめ、夫婦で一緒に神様を知る歩みを始めました。
人生が簡単になったわけではない。でも、向かう先が分かる。
クリスチャンになったから、人生の難しさがなくなったわけではない。アイリ姉妹自身が、そう語っています。
それでも以前とは違う。難しい時にも「頑張ろう」と思えること。疲れている時や寝不足の時にも、歩み続ける力が与えられていると感じること。
そして何より、自分がどこへ向かって歩んでいるのかが分かるようになった。その変化を、アイリ姉妹は神様のおかげだと受け止めています。
ヨガの教師として真理を求めていた歩みから、イエス・キリストを知る歩みへ。
この証しは、「何も難しいことがなくなった」という話ではありません。問いを抱えながら聖書を読み、自分が長く歩いてきた道を離れ、今も神様を知り続けている一人の歩みです。
このページは、公開動画に基づくアイリ姉妹個人の証しです。特定の運動・健康法・宗教文化全体を一括して評価することを目的とせず、本人が経験をどのように理解し、信仰の変化を語ったかを伝えています。
